■「新・尼っ子の阪急阪神なブログ」へようこそお越しくださいました■
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テーマ:お知らせ - ジャンル:ブログ
- 2022/01/01(土) 00:00:00|
- 未分類
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桜が葉桜になって、季節はもうすぐ新緑薫る5月。阪急の夙川駅から眺めた夙川の風景です。鯉のぼりの吹き流しが見られます。
続きを読むテーマ:写真日記 - ジャンル:日記
- 2012/04/22(日) 18:55:15|
- 西宮
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今年は冬の寒さが響いて、4月上旬にようやく桜の見頃を迎えました。
尼崎市内でも有名な桜の名所ともいえる、阪急武庫之荘駅周辺も綺麗に桜が花を咲かせています。
続きを読むテーマ:桜の名所 - ジャンル:地域情報
- 2012/04/15(日) 13:09:34|
- 阪急電鉄
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阪急は昔から車両の編成替えをよく行うという印象が強い。
20年前、編成表を見ていてアレと思っていた3000系の中でも3編成について取り上げてみようと思う。なお、この記事に関してはさる人から購入した「最終形態3000系」を参考にしました。
◆3052F

先日から活動の場を移したこの編成は昭和39年12月に竣工しており、竣工当時の編成は
3052-3501-3551-3002+3053-3003でした。
昭和49年ごろに8連化に伴って前後の編成を入れ替えて
3052-3501-3551-3002+3057-3518-2037-3007となっています。さらに昭和53年に2037(のちの2187)と2029(同2179)を入れ替えています。冷房化並びに行き先方向幕設置と同時に3002と3057の運転台を撤去して8両固定編成となりました。なお、3518は昭和41年11月に竣工しています。
平成10年には3551を、3100系の3152Fに組み込まれていた3651と差し替えられ3054Fに編入されています。なお、後述の3054Fはこの当時今津北線で6両編成で活躍していました。
平成17年には神戸線へ移籍し長らく神戸本線で活躍していましたが、今年に入って9006Fが営業を開始した事から4両編成に短縮の上伊丹線へ転属したのは記憶に新しいところです。
余談ながら、この編成と3050Fは同時に竣工しており、その際は扉間のシート定員も先にデビューした2000系・2021系と同じです。ところが、ラッシュ時対策並びにこの頃から具体化されてきた梅田駅の移設により、後述の3054F以降はシート定員の減少と座席奥行きが浅くなっています。本線での活躍時代も編成の前半と後半で座席定員が違っており、今伊丹線で活躍している3052・3501と、3651・3007では座席定員が違う、言わば「混結編成」となっています。
◆3054F
神戸線に所属する3000系で本線では唯一活躍するこの編成は昭和40年9月に竣工しており、竣工当時の編成は
3054-3502-3552-3004+3055-3005でした。
先の3052Fの項目で述べたように、この編成からラッシュ時対策が採られ、座席定員の減少(扉付近のシート省略)と座席奥行き寸法の見直しが行われています。年々激増する旅客と、それに伴い施設が狭隘化してきた旧梅田駅の移設構想が本格化してきたのもこの頃です。旧梅田駅は阪急百貨店に東西を囲まれ、北側には国鉄の高架橋がありホーム長も6両編成対応が精一杯で地形的にも改良の余地はなかったことから、7年かけて現在の駅へ移設されています。
さて、この中に編入されていた3552がまず昭和41年ごろに3100系の7連化要員として3158Fに編入されました。次に編成の前後への入れ替えが行われたのが昭和46年ごろでその際は2088を編入しています(この段階ではまだ7両編成)。この編成の入れ替えによって車内レイアウトが混ざる「混結編成」となりました。
昭和55年には2079を組み込んでようやく8連化されています。なお、3530は昭和42年8月に竣工しています。
3054-3502-2088-3004+3053-3530-2079-30033000系としては一番遅く冷房化工事が行われ、昭和59年に方向幕装置も同時に設置されています。その際には3004と3053の運転台が撤去され8両固定編成となっています。
その後、2079と2088を引き抜いて6両編成化され宝塚線から今津北線に転属しましたが、平成10年には3651への編入で3052Fから捻出された3551並びに3152Fの6連化により余剰となった2178を組み込み8連化され神戸本線へ復帰しています。平成15年には2178と、長らく休車となっていた3154Fに編入されていた3652を交換して現在に至っています。
さて、昭和41年に3158Fへ編入された3552ですが、先ごろ9005Fが宝塚線での営業開始に伴い箕面線へ移った3074×4Rと交換する形で3158Fと運命を共にしています。
◆3056F
この編成も先の3054Fと同じく昭和40年9月に竣工しており、竣工当時の編成は
3056-3503-3553-3006+3057-3007でした。
この編成に組み込まれていた3553もやはり先の3552同様、昭和41年ごろには3100系7連化要員として3160Fに編入されました。次に編成の前後の入れ替えは2153が編入され7連化された昭和49年ごろで、その時の編成は
3056-3503-3006+3055-3517-2153-3005となっていました。なお、3517は昭和41年11月に竣工しています。昭和53年には2080を編入して8連化され、昭和58年には冷房化工事、表示幕装置設置工事が行われています。なお2153は、2055が昭和60年に能勢電鉄へ譲渡されたため2055に改番されています。
その後、平成20年には9001Fが宝塚線で営業を開始した事による7010Fの神戸線移籍で、2080.2055を引き抜いて6連化されて今津北線に活動の場を移しました。なお、3553については伊丹線で活躍する3160Fでその姿を見ることが出来ます。
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- 2012/04/03(火) 19:59:55|
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先週土曜日、正雀工場と正雀車庫の周辺を歩いてみました。

神戸線の7021Fが検査入場のようです。

神戸線の8201×2Rも入場しており、車掌台側になにやら機械を入れていると思しき段ボール箱があり、運転記録装置を設置するための入場でしょう。

こちらは嵐山線の6352×4R。こちらにも段ボール箱があったので同様に運転記録装置の設置なのでしょう。

昨年3078Fが6連化された際に余剰となった3558号車。解体されずに休車扱いとして隅っこに停泊していました。

車番の確認はできませんでしたが、こちらは昨年末に3074Fが4連化された際に余剰となり休車扱いとなった車両。

こちらは7300系の7851号車。これも休車となっています。
このほかに休車として確認できたのは3300系の3892号車がありましたが、この車両は休車の時期が長く、色あせがかなり酷くなっていました。

6350×6R。昨年行楽期の
臨時特急として復活を果たすも再び休車となっています。

この春の直通特急でも予定がないことから今後の去就が気になるところです。

形の上では保存のような2301-2352の2両編成。復元するのかどうか不明です。

戦前の「阪急電車の代名詞」ともいえる920系を救援車に改造した4050形の4052号車。
こういう救援車は営業路線に出動する機会が少ないほうがいいのは言うまでもないのですが、それでも何年かに一度は検査を受けています。
撮影するのも気が引けるので撮影していませんが、JR線沿いでは先日伊丹線向けに転用された3052Fの余剰となった車両が解体作業を進めていました。車両を解体すると破片や土煙などが舞い上がるためフェンス前に覆いがかけられて車番の確認が出来なかったのですが、パンタグラフを取りつけられていたことや側面の方向幕の取り付け位置から推測するに3518号車が解体待ちの状態にありました。その横にはおそらく前日までに解体が済んだ車両の、無残ともいえる欠片などがうず高く積まれていました。車両の廃車解体そのものは当然と言え、それまで馴染んでいた車両の解体はやはり衝撃が大きいものです。
蛇足ながら言うまでもなく、正雀車両や正雀工場周辺は自動車の往来も比較的多く歩道が狭いため撮影するには十分注意を要します。
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- 2012/04/03(火) 16:55:10|
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